2012年7月25日水曜日

太州会四代目 兄弟盃之儀式御挨拶状 岡本組 白石組

№77 「太州会四代目 兄弟盃之儀式御挨拶状 本物 ご成約済み

太州会四代目 兄弟盃之儀式御挨拶状です。コレクションとして大事にして下さる方にお願いします。 封筒は付いておりません。書状のみです。

兄 太州会四代目 日高博氏
弟 岡本組組長 岡本氏
弟 白石組組長 白石氏

正真正銘の本物です。ご本人が過去に使用していた本物ですので使用感は多少なりあります。 代紋入りのグッズ、任侠品、稼業グッズ、名刺等は、現在では製作出来ないことになりましたので、今後さらに希少価値が上がります。代紋や名称部分には「ボ カシ」を入れていることがあります。大切にしてくださる方にお譲り致します。表には決して出さないように注意下さい。メー ルでご連絡ください。代紋バッジ・代紋バッチ・代紋バッヂ・任侠グッズ・極道グッズ・稼業グッズ・やくざグッズをお譲りしています。
yakuza_japan893@yahoo.co.jp




四代目太州会(たいしゅうかい)は、福岡県田川市大字弓削田1314-1に本拠を置く指定暴力団。構成員は約170人。田川市を含む筑豊地区を勢力圏とする。
歴史
筑豊炭田があり炭坑夫の炭住が多く存在していた筑豊地区において、1954年頃に太田州春が結成した太田グループを起源としている。
被差別部落が多く存在していた筑豊地区筑豊炭田から石炭を積み卸しする門司港までの遠賀川沿いの住民は「川筋」と呼ばれ、非常に気性の激しい土地柄だった。 そうした気性の激しい炭坑夫の労務管理のために、この地区は暴力団が跋扈する土地柄となった。 この地区出身のヤクザは、「川筋ヤクザ」と呼ばれている。
1973年、「太州会」に改称。激しい抗争の末、筑豊地区を統一し、初代会長の太田州春九州のライオンと呼ばれていた。
道仁会、四代目工藤會と共に「三社会」を作り、反山口組で結束している。2005年には二代目熊本會とも連携し、「四社会」に発展させた。
代紋は初代太田州春と、田川市の二場武市議、元田川商工会議所副会頭の谷口松太郎の3人の名を図案化したもの。
太州会の記念誌には「二場の二で結んだ谷口松太郎の松葉の内に、太州男の生命がある」と説明されている。
3人は旧制中学の同窓で義兄弟の誓いを交わしており、それぞれが政治、財界、任侠の道へ進んだのが理由。
平成5年(1993年)3月4日、福岡県公安委員会は、太州会を指定暴力団に指定した。
歴代会長
初 代 - 太田州春
二代目 - 田中義人田中組組長)
三代目 - 大馬雷太郎大馬組組長)
四代目 - 日高 博(二代目飛竜会会長)
最高幹部
会 長 - 日高 博
若 頭 - 原 正敏原組組長)
最高顧問 - 久保田俊英久保田組組長)
副会長 - 大岩 明
相談役 - 原田春一
相談役 - 市丸誠顕
総本部長 - 山岡信幸(二代目大岩組組長)
慶弔委員長 - 原田春一原田組組長)
事務局長 - 野村祐二 (野村組組長)
若頭補佐 - 日高斎寿(三代目飛竜会会長)
若頭補佐 - 川野克哉(二代目市丸組組長)
若頭補佐 - 勝木浩一(勝木組l組長)
直 若 - 平元秋好平元組組長)
直 若 - 岡本文雄
直 若 - 田中一休
直 若 - 大森博行
直 若 - 城戸勝博
直 若 - 縄田雅弘
直 若 - 工藤州蔵
専務理事 - 安中英二(三代目飛竜会若頭、竜英総業組長)
下部組織
・二代目工藤組
堀組
・三代目飛竜会
原組
・二代目大岩組
・三代目政時組
・二代目佐藤組
・二代目市丸組